くじ運

買うつもりはさらさらなかったのだ。

看板を見かけて、ふらっと立ち寄ったオープンハウス。
1室だけ売れ残っていた新築マンションの1LDK。

LDKに配置された家具や雑貨類のコーディネートは自分では到底真似できないと感じるほど、洗練されハイセンスだった。

「インテリアも全部ふくめて引き渡しできますよ」不動産屋の提案に心が動いた。

35年ローンを組めば支払いは月に約6万円。
下手をすると賃貸の家賃より安いかもしれない。

実家を出て一人暮らしをする。
しかも自分でマンションを買って。

ひそかに抱いていた願望はいったん露出するとむくむくとわき上がった。
両親の反対にあっても決意は変わらなかった。

 

憧れの生活が始まった。

それまで家事は母に完全に頼りきっていたため、日々の生活は煩雑になった。
それでも、自分所有のマンションは自分自身をぐいっと引き上げてくれるようで、仕事にもより熱が入った。

 

引越しをして初めての冬、ポストにマンションの自治会の案内チラシが入っていた。
新年度の役員を決める集会があるという。
出席の有無に関わらず、役員に選出される可能性があると書かれていた。
出席しないと押し付けられるのではないかと考え、初めて集まりに加わった。

日中不在にしていることもあり、初対面の顔がほとんど。
役員決めは平等にくじ引きだった。

最も避けたかった会長を引き当ててしまう、自分の不運さに泣きたくなった。

多忙を理由に断わろうとしたが、前会長や他の役員の方々が次々に協力を申し出てくださり、断り切れず、結局渋々引き受けた。

すれ違っても会釈くらいしかなかった他のマンション住民との付き合いが一気に濃密になった。

会長としての活動は面倒でうんざりすることも多かったが、周りの支援のおかげでどうにか2年を乗りきれた。

 

10年を超える月日が流れた。

昨年、脳卒中を患った。
左半身に軽い麻痺が残っている。

家に戻ってこいという両親の説得に応じるつもりはない。
別に意地をはっているわけでもない。

前会長だった、根岸さんは建築業。
玄関やトイレに手すりをつける工事を材料費だけで請け負ってくれた。

副会長だった、山谷さんは週に3、4回はおかずを差し入れてくれる。
おかげで偏りがちだった食生活のバランスが格段によくなった。

会計だった、須藤さんは何かと相談にのってくれるお姉さんみたいな存在だ。
介護施設で働いているから、助言が的確でありがたい。

住人のみなさんの支えで一人暮らしが続けられている。

人生、何が幸いするかわからない。

私のくじ運は最強だ。

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