別人

父の悪運は強かった。

くも膜下出血を起こしたが、命をとりとめた。
身体の麻痺も生活に支障のないごく軽いもののだという。

10日以上意識がなかった父が次第に目が覚めてきてからというもの、日に日に父への違和感が強くなってきている。

初めは、寝たり起きたりの意識のはざまにいるせいなのだろうと思っていた。

まず、話し方が変わった。
長年、建築業にたずさわっていた父はよく通るいい声をしていた。
声が明らかに小さくなった上に一本調子な話しぶりになった。

しつこくなった。
同じ話を何度もしたり、話がまとまらず話が堂々めぐりになったりした。

忘れてしまうようになった。
病気の前のできごとは驚くほど覚えているのに、最近のできごとはまるで覚えていない。
丁寧に説明して納得させたことを、10分後にはくつがえしてくるから拍子抜けしてしまう。

妄想とでもいうのだろうか。
事実とは違うことを信じるようになった。
実際には起こっていないことをさも本当にあったできごとのように語る。
最初は「看護師が俺だけ飯をくれない、意地悪ばかりする」などと聞けば、父に同情したものだが、最近は父の話をまず疑うことから始めるようになった。

落ち着きがなくなった。
人の出入りがあったり、話し声がしたりする場所では、目がキョロキョロと動き、四人部屋に移った父は自分に関係のない他のベッドの会話に入ろうとすることもあった。

ニヤリと笑うようになった。
片方の頬を挙げて笑い、何かを企んでいるような顔に見える。
といっても、片側に麻痺があるから、意図してしているわけではないのだろう。

姿かたちは紛れもなく父なのだが、中身は誰かと入れ替わってしまったのではないかとまで思うことがある。

父はこれからどうなっていくのか。

若いころから身体を動かすのが好きで、体力には自信がある父のことだ。
身体はどんどん動けるようになる気がする。

頭はどうなんだ?
前のように戻るのか?

今のような、わけのわからない状態で身体が動くようになったらと考える。
ダメだと言い聞かせても勝手に動いてしまうだろう。

こちらだって、仕事がある。
一日中見張っている訳にはいかない。

身体が動かない方がマシだった。
ベッドにずっと寝ていてくれた方が楽だった。

それならリハビリなんてしない方が、かえってよかったんじゃないだろうか。

リハビリなんてやめちまえ!そう言ってみたらどうなるのだろう。

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