リハビリスイッチ

rリハビリスイッチ

「最近、松子さんのことばが本当に聞き取れなくなってきて…結構ツラいです」
理学療法士の大西が言った。
眉間のあたりに不安が渦巻いているような表情だ。

「わかる。看護のときもそう。私のときなんてお父さんが『もうええわ!お前の言うてることはどうせわからん』と遮るもんやから、松子さんもしゃべるのやめてまうねん」
看護師の春岡も同意した。

松子さんは進行性の神経・筋疾患を患い、自宅で夫が介護をしている。
病状の進行に伴い、夫の抱える介護負担が大きくなっていることがスタッフのあいだでたびたび話題にのぼる。

「長い目で見ると、症状がだいぶ進んできたなあと思いますね。お父さんのイライラはますます強くなっている感じですし」
私のことばに2人はそろってうなずいた。

「道倉さんの言語のときは、松子さん、しゃべるのはどうなん?」春岡がたずねた。

「そうですね。言語のときは松子さん、練習通りに文節で区切って工夫して話してくれるので、そこまでわからなくはないんです」

「ああ、道倉さんが前に言っていた方法やんね。壁に方法をはり紙してくれているし、私も何回かは促してみたけど、普段のやりとりで使うとなるとなかなか難しいねんな」春岡がうーんというように首をひねった。

「お父さんと話す様子を見ていると、松子さんが全然工夫できてないの知ってます。リハビリのときだけできても、本当に意味ないんですけどね…」

「それ、わかるなあ」
大西が続けた。
「僕のリハのときも、松子さん、ちゃんとリハビリスイッチが入るんですよね。移乗のときでも、足を床にちゃんと着けて立ち上がろうとする。でも、お父さんが介助するときは自分で全く動こうとしてないからなあ」

「松子さん、ちゃんとリハビリ患者の役割をしてくれてるんやなあ」と春岡は納得したようにうなずき、「リハビリと看護で利用者さんが見せる顔は全然ちゃうからねえ」とつぶやいた。

「普段の生活でリハビリスイッチをオンにするにはどうしたらいいんでしょうかね?」

「難しいよなあ。リハビリを生活に落とし込んでいくの」大西が頭を抱える。

「難しいですよねえ」

「僕、思うんですよ。自宅でやっている訪問でさえ難しいんですよ。病院でのリハビリなんて、なおさら、生活を変えていくことなんて無理じゃないだろうかって思えるんです。恥ずかしながら、病院で働いていたときには気づかなかったですけどね」

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です