自責

夫が倒れたという連絡を、私は勤務先の休憩室で受けた。

携帯電話を耳に当てたまま、動けないでいる私に、係長が声をかけてくれた。

事情を話すと、係長はこんなときに運転するのはあぶないからと、夫の運ばれた病院まで送ってくれた。
あの時、私はきちんとお礼が言えただろうか。

脳外科の医師に、夫は脳出血を起こしたと告げられた。
命に関わる危険な状態、なるべく早く手術を受ける必要があると言われたのだと思う。
私はお願いしますと即答できなかった。
「子どもたちと相談させて下さい」

息子は2人とも遠方に住んでいて、すぐに病院に来てもらうことは難しかった。

長男の知之に電話したが、つながらなかった。
事前に聞かされていたのに知之が海外出張中であることをすっかり失念していたのだ。

次男の茂之に電話した。

「母さん、何を迷っているんだよ。手術をお願いしますとすぐに先生に言うんだ」
微塵も迷いが感じられない、茂之の口調に背中を押された。

ナースステーションに向かい、目が合った看護師を呼んで伝えた。
「手術をお願いします」

医師から手術の説明を受け、麻酔や何かの同意書に何枚もサインをした。
内容を理解するも何も言われた通りにしただけだ。

手術室の前で、お尻が椅子のかたさを感じ始めた頃、茂之がやってきた。
茂之の顔を見て、今のこの状況がああ現実なんだとあらためて認識したような気がする。

「お父さん、まだ手術中。時間かかるみたい」
そうかと呟いて、茂之が隣に腰をかけた。
「悪いの?」
「出血が多いから、脳を圧迫する…んだっけかな。頭の骨に穴を開けて、血を出すんだって」
「うん」
「手術が終わったら、もう一度、先生から説明があるらしいから」
「うん」

電話で話しているのだろう、遠くで病状を説明する誰かの声が廊下に響いている。

茂之は飲みものでも買ってくると立ち上がった。

15分程して、茂之は飲みものを手に戻ってきた。

「兄さんに連絡ついたから」
「そう、何か言っていた?」
こわばった手を温めるように、ミルクティーの缶を両手で包む。

「予定を切り上げて戻れないから、お前が母さんについていてやれって」
「そうね。茂之が来てくれたから安心よ」
「うん」
「さっきはありがと」
「うん?何が?」
「手術するって言えって」
「ああ」
「手術した方がいいのはわかってたの。でもすぐには決められなくて」
「うん」
「どうしよう。すぐに返事できなかったから、お父さん、そのせいで助からなかったら…」

茂之が差し出したポケットティッシュを見て、自分が泣いていることにやっと気づいた。

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