復唱

幅が奥行きの3倍はありそうな細長いテーブルをはさみ、湯川さんと対座している。
車いすに座る小柄な湯川さんには重厚感のあるオーク材のテーブルは少し高めだ。

「私の真似をして言って下さい」
湯川さんは、わかったというように笑顔でうなずいた。
「湯川さん、いいですか?いきますよ」

(バナナ)「バナナ」
私の(バナナ)にわずかに遅れて、湯川さんの「バナナ」が重なった。

「湯川さん、いっしょに言わないで。私のあとに言って下さいね」
「あと」を強調して、再度、伝えると、湯川さんはうんうんとうなずいた。

「もう1回いきますね」

(バナナ)「バナナ」
湯川さんはまたほぼ同時に言ってしまう。

「言わないで」手でバッテンを作り、「聞いて」と手の親指側を耳の後ろにつけて見せた。
湯川さんは一瞬いぶかしげな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り、またうんうんとうなずいた。

「まず、聞いて下さい」
人さし指を立てて、口に当てた。
「まだですよ」反対の手のひらを湯川さんに向ける。

(バナナ)「バナナ」

こちらの意図が伝わらない、大きく1つ息を吐く。

 

「ちょっと待って下さいね」湯川さんに声をかけてから、バッグの中をあさる。
「あった、よかった」と心でつぶやいて、取り出した。

太いマジック。

マジックを握りしめる。
マジックをマイクのように口元に当てて、「あーあー」と声を出した。

湯川さんははじめは驚いた顔をしていたが、「あーあー」とくり返すうち、ククッと笑い声をあげた。

「次は湯川さんの番ですよ。はいっ」と声をかけて、マジックを湯川さんの口元に当てる。
湯川さんはキョトンとして、黙ってこちらを見つめ返す。

「あーあー」もう一度、口に当てたマジックにむかって言い、すぐに湯川さんの口にむけた。
「あーあー」少しかすれてはいるが、湯川さんが声を出した。

「そうです。いいですね」
大げさくらいにほめると、伝わったのか、湯川さんはよりいっそうニコニコした。

再び、自分の口元にマジックを当てる。

「バナナ」

すかさず、マジックを湯川さんに向けた。

「バナナ」

「はい、いいですね。その調子で行きましょう」

自分の口に当てたマジックに「いす」と言って、素早く、湯川さんの口に当てると「いす」と無事に返ってきた。

よしっとガッツポーズをしたい気持ちで、次のことばを口にした。

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