本音

葛城さんほど「エリート」という呼び名が似合う患者に今まで出会ったことがない。

有名私大を卒業。
国内最大手のゼネコンに就職。
一級建築士を取得。
数々の国内外の大規模建築にたずさわってきたという。

葛城さんは常にピリピリと人を寄せ付けないオーラを無遠慮に出し、病棟の誰もがハレモノにさわるように扱う存在だった。

シルバーグレーの決して多くはない髪をポマードで毎朝数十分かけてセットしていると病棟の噂になっていた。
確かに整髪料の香りで葛城さんの居場所が知れるほどだった。
ブランドマークが胸に光るゴルフウェアに身をつつみ、車いすで洗面所の前を通るとき、必ずちらっと鏡を見る様子からも、葛城さんが外見を気にしていることが見てとれた。

回復期病棟では、食事は食堂で患者同士テーブルを囲む。
葛城さんのテーブルは比較的若い男性患者が集められており、会話が弾んでいることが多い。
葛城さんはそのなかにあっても、黙々と箸を動かしていた。

あるとき、葛城さんは病棟師長室をたずね、「食事を病室でとることを許可してほしい」と訴えた。
師長が理由をたずねると「同じテーブルの患者がうるさいからだ」と説明した。
師長は、原則、食堂で食事をするのが決まりだと伝え、テーブルを変わること提案したが、葛城さんは「それでは意味がない」と返したらしい。

「葛城さんはひそかに悩んでいるのではないだろうか」
師長は言語聴覚士である私に相談してきた。
回復期病棟では、葛城さんの言語リハビリの指示は出ていなかったのだ。

葛城さんの脳出血は左顔面の麻痺と感覚低下を引き起こしていた。
左の口唇を閉じる力が弱いため食物がこぼれたり、口唇周りに食物がついても気付かなかったりする。
一度、看護師が食事用エプロンを使うことを勧めたが、「馬鹿にしているのか!」と一蹴されたらしい。

師長の見立てでは「うるさいから」というのは建前で、本音は「こぼしてしまう様子を人に見られるのが嫌だから」ではないかとのことだった。

それならと私は師長に1つアドバイスをした。
師長はすぐに実行した。

即効した。

葛城さんは食堂で食事をすることへの不満を一切言わなくなったのである。

私が師長にしたアドバイス。
それは「鏡を使う」ことだった。

葛城さんのテーブルに鏡を置いた。
脚がついていて角度が変えられる鏡だ。
葛城さんが食事中、常に自分の顔を見られるようにしたのだ。
こぼしても、口唇の周りに食べ物がついても自分ですぐに気づけるようになった。

これを機に、葛城さんの病棟生活全般でのピリピリ感が幾分おさまったように見えた。

おかげで病棟での言語聴覚士の株が上がったのは言うまでもない。

2件のコメント

  1. いつも水野先生のパタカラカルテを拝読している一STです。水野先生の優しい臨床に感化されてます。これからも楽しみにしております。

    1. ミカンさん、コメントありがとうございます。
      サイトに直接コメントをいただいのは初めてです!
      ミカンさんもSTなんですね。
      私の臨床がそのままストーリーになっているわけではないですが、(私はそんなに優しくないかも)読んで何か感じていだけたなら、とてもうれしいです。
      またぜひのぞいて下さいね。

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