外食

「朝ごはん、何にしよか」母の顔と手を熱いタオルで拭いてやる。
「なんでもええわ」母は白内障で濁った瞳でこちらを見た。

元々膝が悪かった母が、2年前に大腿骨頸部骨折をしてから、歩けなくなった。
頭は年齢相応に保たれているのが救いだと思っている。

ここ半年ほど、母の食が細くなっているのが気がかりだ。
総入れ歯になったときから、毎食、お粥にしているのだが。

昨夜の残り物で、簡単に朝食を済ませた。
車いすの母と近所まで散歩に出ることにした。

近道をしようと住宅街に入った。

ぽつんと残された畑だった場所に、真新しい平屋の建物があった。
大きなガラス扉の横には、耳つきの一枚板に毛筆で「きらく屋」と看板が下がっている。
「こんなところに喫茶店や。お母さん、コーヒーでも飲んでいこか」

「いいですか?」
ガラス戸を開けると、瞬時に新築の家に踏み入れたときのような木材の香りに包まれた。
「どうぞどうぞ」
白いシャツにエプロン姿の女性がカウンターから出て、テーブルの椅子を一つどけてくれた。
ボサノバが低い音量でかかっている。

「コーヒーでええ?」
母は私の問いかけに答えず、メニューを顔の近くに寄せ、まじまじと見つめた。
「これなんや?」母がメニューの写真を指さして、聞く。
「カツサンドやて」
「これにする」
「えっ?カツサンドやで。食べられるん?」
「カツサンドや」母は平然と言った。

「母がカツサンドを食べたいと言うんですけど」店の女性に声をかけた。
「うちのカツは薄切り肉を重ねてあるから、やわらかいですよ。よかったら、一口サイズにカットしましょうか」
女性の申し出に甘えることにし、食べられなければ持ち帰らせてもらえばいいと思い切ってカツサンドとコーヒーを注文した。

豆を挽く音にコーヒーのいい香りがただよってくる。

カツサンドは厚みのある陶器の皿にのせられてきた。
母は一切れとって、口に入れた。
「よく噛んでね」
母は力を込めるように咀嚼して、飲み込み、「うん、おいしいわ」と目を輝かせた。
女性のことば通り、カツはソースたっぷりでしっとりとやわらかく、噛むとじゅわっと肉汁が口に広がった。

驚くことに、母は次々に手を伸ばし、カツサンドをおおかた1人で食べきった。

「ごちそうさま」と店を出ると「ああ、おなかいっぱいや」母は満足げに言った。
「お母さんがこんなに食べたん、久しぶりやなあ、びっくりしたわ」
「たまには外で食べるのもええもんやなあ」
「そやな、お母さんと外食できるとは思わんかったわ。またおいしいもの食べにいこな」

ふと見上げると、ハナミズキが淡く白い花を咲かせていた。
車いすを押す手にぐっと力を込めた。

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