因果応報

この子を授かったのは、私たちが結婚して5年目のことでした。
待望の赤ちゃんでしたから、無事に生まれますようにと毎日仏様に手を合わせました。

いい名前でしょう。
夫が考えた名前なんですよ。
夫には生まれる前から、女の子だってわかっていたみたいでしたね。

小さい頃から丈夫な子でした。
小学校も中学校も皆勤賞でした。
大きな病気どころか、風邪ひとつひかない。

この子の3つ下に妹がいるんですが、妹の方は体が弱くてね、学校も休みがちでした。
妹に比べて、お姉ちゃんは手がかからない子でしたね。
姉妹でもこんなに違うものかと、思っていましたよ。

 

この子はね、亡くなった夫によく似ているんです。
生真面目というんでしょうか。
ね?お姉ちゃん。

学校の宿題は言われなくても自分でやって。
妹の面倒もよくみてくれてね。
そんな子だから、友だちにも頼られて。
学級委員とか生徒会とか、そんな役もやっていましたね。

高校卒業後は働いて、長年1つの会社に勤めました。
そこでも大事にされていたみたいです。
病気になって辞めるとき、相当、惜しんでくださいましたから。

結婚はしませんでしたけど、その分、私たちといっしょに暮してくれて、頼りにしていた面もありましたね。

夫が亡くなったときもそうでした。
この子がそばにいてくれて、どれだけ心強かったことか。

 

この子はね、ひたすら真面目に生きてきましたよ。
だから、全くわかりません。
なんでこんな病気になったのか。

周りの人も口をそろえて言うんです。
「よりによって、あんないい子がなんで」ってね。

親戚一同見回しても、こんな病気の人はいなくて。
不思議でしょうがないです。

 

なんでだろう、なんでだろうと考えているとね、私だって、人間ですから。
人様に顔向けできないほどの悪いことはしてこなくても、人様をねたんだり、ちょっとした悪事を見て見ぬふりしたり、それくらいは覚えがあります。

あのとき、ああしていたら。

あのとき、ああしていなかったら。

私がしてしまった、あのときのほんの些細なことのために、この子に罰が当たってしまったんだろうか。

なんで仏様はその罰を私に当ててくれなかったんだろうか。

ああ、できるものなら、変わってやりたい、そう思っています。
そういう思いが胸につまって、やりきれなくなります。

誰のせいでもない、そんな風に思える日が来るんでしょうかね。

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