嫉妬

「たんぽぽ居宅介護支援事業所  長谷部です」

「あっ、長谷部さん?
ほねぶと訪問看護ステーションの作業療法士の栗田です。
お世話になります」

「お世話になります」と長谷部は返した。
栗田さんは、いつもはつらつとしているなと電話越しでも思う。

栗田は、長谷部がケアマネージャーとして担当する利用者、篠田弥生宅を訪問しており、頻繁に連絡を取り合っている。

 

「長谷部さん、弥生さんのことなんですけど」栗田が言う。

「はい、何かありましたか?」

「今日ね、弥生さんにぶっちゃけられました。あまりにぶっちゃけるから、ご主人と笑ってしまいましたよ」

「ぶっちゃける?何をですか?」

「弥生さん『私がやりたいことはこんなことじゃない』って。
こんなことっていうのは練習していた掃除や料理のことですけど」

「へえ、どうしたんですかね」

「何かきっかけがあったわけじゃなさそうです。
今までの積もり積もった思いが噴き出した感じでしたよ。
弥生さん、娘さんの言われるままにずっとしてきましたからね」
弥生の娘は看護師で、職業柄、自分の選択に自信があるのだろう、母親より自分の考えを優先しようとする。

長谷部は弥生の娘の、きつい口調を思い出して、身震いした。
「確かにそうですよね」

「それで、じゃあ弥生さん、何がやりたいんですかと聞いたんです。
そしたら『いこいの湯に行きたいわ』と言われました」

「いこいの湯、スーパー銭湯ですよね。
その話は初めて聞きました」

「私も初めてだったんですよ。
弥生さん、やっとご自分の気持ちを言ってくれましたね。
それを待っていたんですよってうれしくなって、握手しちゃいました」
栗田の声が想いを表すようにはずんでいる。

「そうですか」

「あとヘルパーさんにいろいろ思うこともあるみたいでした」
栗田が急に声をひそめた。

「ヘルパーさんって、入浴介助の?」

「そうです。
お風呂にもっとゆっくりつかりたいのに急かされているように感じるそうです」

「ああ、訪問介護の時間が足りていないのかな。
そうか、それもあって、スーパー銭湯なんですかね」

「あるかもしれませんね」

「スーパー銭湯、ご家族の協力があれば叶えられそうですよね」

「はい。
そばに誰かついてもらえば、大丈夫だと思いますよ」

「わかりました」

「長谷部さん、弥生さんのお話、一度聞きに行っていただけません?」

「もちろんです。連絡してみます。情報ありがとうございました」
あいさつを交わし、受話器を置いた。

長谷部は、大きく1つため息をついた。

弥生さんの本当の気持ち、自分が最初に聞きたかったな、心のなかでつぶやく。
でも相手が栗田さんなら仕方ないか。

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