受診前日

細田さんのお宅では、大きな窓から西日が強く差し込む部屋に通される。

室内ではエアコンが低い動作音を放っていた。

外はもうカーディガンを羽織りたいような初秋の気候だというのに。

寒くなるとこたつとして活躍する座卓の脇に腰を下ろすと、細田さんはいつものように少し震える手でお茶を出してくださった。

 

「今週はお変わりありませんでしたか」

「あ、あ、あ、あたまが痛かった」

細田さんには失語症のため、ことばの出にくさと、音の繰り返しなど、吃りのような症状が見られる。

「頭痛ですか、いつですか」

「今週の、うーんと、か、かようかな。ズッキズッキして」

細田さんはカレンダーに目をやってから、痛みを思い出したのか、顔をしかめた。

「明日が受診でしたよね。先生に相談した方がいいんじゃないですか」

「それはそう、そうやけど、あのー、じ、じ、自分では言い切らん」

「いつも一人で病院に行かれるんでしたね」

細田さんはご主人と二人暮らしだが、ご主人は仕事で、日中はほぼお一人だ。

「先生に伝えたいことを書いておきましょう。詳しく教えて下さい」

 

「この辺が痛くて」

細田さんは右後頭部を押さえている。

「右の耳の後ろですね」

「そうそう」

「ズッキズッキ痛かったんですね」

「よ、よる、よるに痛くて、あっちこっちむいていたけど、全然眠れなくて」

「痛くて眠れなかったんですね、大変でしたね」

「ずっとズキズキして、くうーっとなった」

細田さんはぎゅっと目を閉じ、口をへの字にして、息を止める。

「息が止まるくらいですね、どれくらい続いたんですか」

「よ、よる、よるから、明るくなるまで」

「5、6時間ですか」

「そんなもんかな」

「先生にどうしてほしいですか」

「どう、どう、どうって」

「検査をして原因を知りたいか、痛み止めの薬がほしいか」

「うーん、心配、あとはわからん」

「痛みが強くて心配。できるなら検査を受けたいですか」

「うんうん、そうそう」

 

「書いてみたので、読んでみましょうか」

火曜の夜、頭が痛くなった。

右耳の後ろが痛かった。

ズッキズッキして、眠れなかった。

息が止まるくらいだった。

痛みは5~6時間続いた。

心配だから検査を受けたい。

 

「うんうん、これでいい」

「できたら先生の前で今みたいに読んで下さい。読むのが難しければこの紙を渡してもらってもいいですよ」

細田さんの場合、文字を音読すると比較的うまく話せることが多い。

「そ、そ、そうするわ、ありがとう」

書いた紙を手渡すと、細田さんは折りたたみ、大事そうに愛用のポシェットに入れた。

 

ちらっと壁の時計を見ると、残り時間は5分を切っている。

「では、宿題の答え合わせからいきましょうか」

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です